正月帰省

あれほど大騒ぎしていた帰省だが、滞在中の会津は穏やかな天気で思ったほど寒くなく、交通機関の乱れもなく快適だった(鳥取方面は凄まじい年越しだったようでお見舞い申し上げます)。右の写真は下から見上げるショットなので大げさに映っているけど。
いちばんの懸念材料、誰にでも思ったことを言葉を選ばずに発する母からわたしや夫へのダメ出しがどれほどあろうかと戦々恐々としていたのも肩透かしなほどの歓待を受け*1、別れ際には「あなたたちのことは心配してない。仲良く暮らしてるみたいだし」とまで言わしめた!わたし勝った!立ち回りが上手くなった♪*2と気分晴れ晴れ。母は“背が高くて無口な男性”(=夫)に弱いので、そのせいかもしれないけど(笑)

連日連夜“食っちゃ寝”“飲んじゃ寝”を繰り返し、皿も洗わず、布団の上げ下ろしもしない旅館待遇で過ごしてしまった。いままで正月に帰省する意味が全然わからなかったけど、もしかして皆さんこれが目的なのか?と思い当たり、たしかにこれは楽。あんなに混雑した交通機関をおしてまでも実家に帰ろうとする気持ちが少し理解できた。なんせ正月準備の買い物をせずに済んだおかげで、穏やかな気持ちで年越しできたし。と皆さんこんなに自分本位じゃないか、親孝行か。
父が亡くなり、母は生活全般においてやる気が低下していたようだが、喪中で餅がつけないながらも、わたしたちの訪問にあわせて御馳走は作ろうと買出しや仕込みなど張り切っていたようす。馬刺し、タラバガニ、黒あわびの刺身にソテー、牛ステーキ、すき焼き、こづゆ(会津の郷土料理)、天ぷら、数の子、黒豆、煮物、漬物、喜多方ラーメンなどなど3泊のあいだで普段の2週間分ほどの栄養を摂取した。
お酒もたくさん飲んだ。南会津の酒蔵、花泉の辛口がとても飲みやすくて夫とふたりで5合瓶をするりと空けて、またビールに戻ってみたり。お酒に弱い母もわたしたちにつられて飲み、束の間ながらも独りで食事するよりは楽しく過ごせたようでよかった。
写真はあわびを捌く母。なんだか難しそうなので自宅に取り寄せはできないと思った。

会えないと思っていた甥姪にも元日に姉1が連れてきてくれ会うことができた。夫は生まれて初めて“お年玉をあげる”という叔父らしい経験をし、そのあと子ども相手にWiiのゲームを本気でたたかい圧勝していた。身近にゲームのできる大人がいないので、負けたにもかかわらず甥は嬉しそうで、姪は大はしゃぎだった。そのときのゲームソフトは甥姪たちが“サンタさんからもらった”もので、どうやら甥は小学5年生でまだサンタの存在を信じているらしい。実は去年までは少なからず疑念もあったようだ。“サンタは周囲の大人の誰か”であり、そのサンタ的な誰かといえば“じいちゃん”しかおらず、そのじいちゃん(わたしの父)が亡くなってしまったからには、自分の元へサンタはもうやってこないと思っていた。がしかし!今回もサンタはやってきた!サンタはいる!と確信したらしい。姉1夫婦の努力の賜物だなあ、田舎の子はさすがに純情だなあ、と笑えるけれど涙がでそうな話。

*1:そのかわり姉2夫婦へのダメ出しを聞かされ、夫は戦慄していたが

*2:あらゆるダメ出しを聞き流すことができるようになった。老いた親へは傾聴の心